生徒の夢

うつ病レポート

2014年12月31日
伊藤 麻衣

目次
第1章 はじめに
第2章 本当にうつ病という病気だったのか?
第3章 増える処方薬、増える病気の数々
第4章 うつ病の背景
第5章 歴史におけるうつ病
第6章 薬とは
第7章 自律訓練法との出会い
第8章 調和とバランス
第9章 生きていく
第10章 おわりに

第1章 はじめに

私は、幼少期の頃から確かに、変な癖があったのかもしれない。記憶にあるのは小学校低学年の頃だろうか、母にみつからない様にホッチキスを自分の手に綴じたら、一体どうなるのか。家庭科で裁縫を習えば、自分に糸と針を通してみたら一体どうなるのだろうか。自分の指を天ぷらにしてみたら、どうなるのだろう。結果は全てご想像の通りである。それが自傷行為だとは思っていない、良く言えば、好奇心旺盛な一人の少女であっただけである。そんな私がいつの間にか、感情を抑制する為に自傷行為を及ぶようになっていた。引きこもり、自殺未遂、自殺願望しか抱けない時期さえあった。整体を通じて城山整体専門学院で東洋医学、人間学をお教えいただき、運良く今を生きていられること、生かされていること、命を頂いていることに、全ての人、全ての生命に感謝を捧げながら生きていかねばならない、と強く感じるようになれたのである。こうして過去を振り返れる日が訪れたことにも、重ねて心から感謝を申し上げます。

第2章 本当にうつ病だったのか?

私がうつ病と診断されることになったのは、今から13年前の19歳のことである。3ヶ月ほど悩みを抱えていたある日のこと、前日まで元気だった体が、プツンと頭の中で何かが切れたように動けなくなり、意味も分からず涙しか出ず、声も発せられなくなっていた。様子がおかしいと両親が救急で病院へ連れて行ってくれた、これが私のうつ病という病人生活の始まりであった。初めて心療内科という存在を知り、待合室はうつむいている人が大勢居て怖くなり、気分が悪くなったのを覚えている。うつ病という病気が今程知られていなかった為、初めて耳にした病名だった。最悪、自殺で死んでしまう人もいる、と医者が両親に話しているのを聞き、私はこのまま気が狂って死んでしまうのかと、恐怖を抱いたことが忘れられない。言われるままに処方された薬を飲み続けた。悩み事が解決されていない上に、精神疾患で死ぬかもしれないという恐怖、休養という名目で社会から目を逸らし、引きこもり、薬の作用で体調も左右される日々。私のただでさえ小さな脳内は、罰当りにも有り余る時間と薬で既に破壊していた。幻覚まで見る様になっていたのだ。しかし、今になって考えれば、これは本当にうつ病だったのだろうか?初期段階で悩み事を上手く自己処理出来ていたならば、これほど長い年月を、薬と共に自分を卑下しながら過ごさなくても良かったのではないのだろうか。悩み事を上手く解決出来ないのが、そもそも、うつ病だと言われるが、悩みを解決しないまま病人にされ、病気の方ばかりに目を向けられてしまったら、もう、気づかない限り、抜け出さない限り、一生ループになってしまう。事実、病院を転々とし、最後にご紹介頂いた医者から「あなたはうつ病じゃありません、あなたにとって薬は逆効果です。」と言われたのだ。その事実を宣告されたのが、まだ3年程前の最近のことである。10年間もの間、私はうつ病だ、社会の落ちこぼれだ、役に立たない未来の無い人間、生きているだけで迷惑を掛けるだけだ、と思い込まざるを得ない状況に陥っていった様であった。勿論、全てを医者任せにし、無知な自分が悪いことは間違い無い。『無知は罪』と、城山先生に何度もお教えいただいた通りである。

第3章 増えていく薬、増えていく病気

気分が沈み込んでいる人に、食欲はどうですか?眠れますか?お通じはどうですか?気分はどうですか?何か変化はありましたか?いつも答えは同じであった。今思えば、副作用にきちんと“車の運転等控えてください”と記載されているぐらいなのだから、何かを伝えたくても、薬によって正常な判断力や集中力が低下している脳状態で、まともな話しを出来る方が凄いのではないのだろうか。お酒を飲んでいる人と話をしているようなものなのだから。予約は常にいっぱい、待合室には大勢の人、お医者さんも仕事だから、仕方無い、と頼れることは薬しかなかった。副作用が強くても、絶対に途中で勝手に服用を止めてはいけないと念を押され、言われるがまま当然、薬はどんどん強くなり、種類も増え、副作用もどんどん出るから、その分の薬も増えていく。病院に通って治療することが、せめても私が出来る仕事だと思い、ふらふらになりながら病院に通う事が、私の任務になっていったのである。薬を処方される待合室では、ビニール袋いっぱいに持って帰る人を見て「私は未だ軽い方なのだろう。」と自分を慰めていた。それが、いつしか13年後には、私もビニール袋で持って帰る人になっていたのだ。精神安定剤は不要と言われた日を境に服用し無くなり、それ以来自傷行為が無くなった。しかし、じんましん、喘息、逆流性食道炎、胃痛、片頭痛、不眠、過呼吸、パニック障害等々、全て後遺症の様に残り、長年苦しむ事となった。結果として、うつ病では無くとも、毎月必ず病院に通う事が習慣になり、完全に薬に依存していたのである。病院代として毎月5000円、毎月必要な電気代のように馬鹿丁寧に用意していたのだ。代金の7割は、皆が一生懸命働いて稼いだお金から支払われているというのに。

第4章 うつ病の背景

城山整体専門学院で東洋医学を通じて、城山先生にいつも教えていただいたこと、それは『根本を知る』ということ。複雑に見えることでも、本当はとてもシンプルで単純なものの組合せなだけであるということ。うつ病に限らずだが、今や、何でも複雑化され過ぎていて、根本が見えにくくなってしまっているのではないのだろうか。単にうつ病と言っても、その分類や定義は細かく、私達一般人には理解しづらいものがある。そもそも、うつ病の根本原因、発病のメカニズムとは、マスメディアなどでも色々と取り上げられているが、全てあくまで仮説の話であり、本来は原因不明であるということを、うつ病で苦しむ人達は理解しているのだろうか。恥じながら無論、私はそんな事全く知りもしなかった一人である。近年よく耳にするのが、薬物の有効性から考え出されたモノアミン仮説(神経伝達物質セロトニンの代謝低下に関係した仮設)、脳の海馬領域の神経損傷仮説もよく論じられている。しかし、全て仮説であり、未だに不明であるということが現実なのである。また、こんな反論意見もある。「セロトニンの低下がうつ病の原因であるとすれば、抗うつ薬は即効性があってしかるべきである。うつの改善には最低2週間要することを考えると、この意見は一理あると言える。」(臨床精神薬理 樋口輝彦、小山司)また、2009年、プラセボ効果(偽薬効果)を研究するイギリスハル大学のアービング・カーシュ博士(1943年−)は「心理療法のみの場合と、心理療法と抗うつ薬を併用する場合の効果の大きさは同じなのだから、なぜ、わざわざ抗うつ薬を持ち込む必要があるのだろうか」と述べている。2012年には精神障害・疾患の診断と統計マニュアルの編集委員長であり、アメリカの精神科医アレン・J.フランセス医学博士(1942年−)は「精神科の軽度、中度の症状には、心理療法が少なくとも薬物療法と同じぐらい効果があり、心理療法の方が、持続効果が長く、副作用は少ないのです。非常に多くの人が必要のない薬物療法を受け、回復に大きく役立つであろう心理療法を受けていないというのは、理不尽であり、経済的動機がそうさせているのだと思います」と述べている。また、興味深い記事では“現在、人の悲しみは、”うつ”と呼ばれる病気で説明されるようになり、いとも簡単に精神疾患だと診断してしまえば、患者が苦しみを理解するための他の説明や機会が奪われ、それが生化学的な病気を患っていると告げられるととたんに、社会的状況から目がそらされてしまう。…社会的状況について促されれば、患者はやる気を起こして具体的な行動を起こすかもしれない、うつとは何かについて、生物医学的な物語ではなく、自分自身の物語を語るようになる可能性がある。”“少なくとも過去150年間の医療の歴史には、うつ病が現在の方向に進む明確な流れがあった。”(ロンドン大学心理学教授ゲイリー・グリーンバーグ)と論じている。
城山先生は、根本を知る為には歴史を知るべきだと教えてくださった。後の第8章でうつ病の根本とは、いかにシンプルなものであったのかと学院で学び、自分なりに解釈したことを述べる。

第5章 歴史におけるうつ病

うつ病の起源となる言葉を作ったのは、紀元前4世紀頃、「医学の父」と呼ばれる古代ギリシャの医学者ヒポクラテス(紀元前460年頃−紀元前370年頃)が唱えた「四体液説」が始まりであるとされる。この説では、人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁から出来ており、その四体液のバランスが崩れて病気になり、そのうちの”黒胆汁”が多い人が憂うつな気質になるとされたため、「黒い」「胆汁」の意味である古代ギリシャ語をあわせて「メランコリー」という語が生まれた。古代ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前384年−紀元前322年)は、メランコリーの過剰は必ずしも病気ではなく、むしろ贈り物であると説き、「哲学、政治、詩作、そして芸術に秀でた人々はみな、憂うつ症だった」とした。 また、2世紀頃、ギリシャの医学者ガレノス(129年−200年)はヒポクラテスの説をもとに四体液説を発展させ、人間の四つの気質や、四大元素(火・風・水・土)とも結びつけた。この説では、憂うつ質は、土の元素と結び付き、さらに四季のうちの秋と、人生のうちの成人期と、一日のうちの午後と関連付けられた。 憂うつ症が病気なのか、それとも気質なのか、という問いはその後千年を支配し、その結果、憂うつ症をめぐっては、天罰か、神の恵みか、病気の症状か、思考の洗練か、治療されるべき病状か、人間の本質的な悲惨さの洞察か、といった二元論が君臨した。 20世紀になり、ドイツの精神医学者テレンバッハ(1914年−1994年)が著書『メランコリー』を発表したことで、日本でも、うつ病という病気が正式に病名として認められるようになる。秩序を愛する、几帳面、律儀、生真面目、融通が効かない、などの性格をうつ病になりやすい特徴として「メランコリー親和型」と提唱した。しかし、近年ではこの著書と研究に異論を唱えるものもいる。 また、近年のうつ病概念の拡大の背景には、日本における精神医学の発展の歴史を知る必要がある。戦前から日本はドイツ精神医学の影響を受けており、うつ病=内因性うつ病(メランコリー親和型)と捉えられてきた。しかし、戦後アメリカ精神医学が主流となり、各国と同様に日本においても操作的診断学(ペーパーテストのような)が導入されるようになると、あらゆるうつ症状が全て「大うつ病性障害」に包含されることとなった。従来の伝統的診断学においては、病前性格論、生活史診断などを組み合せてうつ病の鑑別診断が行われていた。その結果成因が問われないままにうつ病と診断がなされ、治療されてきたのが近年増加した新しいタイプのうつ病である。

第6章 薬とは

私はきっと普通の人が一生かけて飲むであろう薬剤の量を、この13年間で飲み、体の血液、細胞にその名残を残している。舌も頭も上手く回らず話すのが億劫なのも、物忘れが酷いのも、目の焦点が合わなくなったのも、感情を抑制するためだけに薬を多量に、無謀に服用してきた自業自得の結果であると痛感している。薬で理性を失い、自傷行為で私の体は見るにも痛々しい沢山の傷跡が一生残った。単なる本当の大馬鹿野郎で糞人間でしかない。薬は使い方によっては殺人兵器である。そもそも化学薬品で合成された薬は、使い方以前に、人間にとっては異物=毒物と変わりないと感じる。それでも、城山先生は断食を行えばそういった異物や毒物は排泄されていくと教えてくださった。体の細胞や血液は常に変化し、生まれ変わっているからだ。私の体もまだまだ浄化中である。
製薬会社の始まりはというと、ロスチャイルドとロックフェラーが支配する石油業界から派生して製薬業界ができ、多くの薬は、石油の副産物で農薬、化学肥料、食品添加物等石油から合成してできている。また、昔の薬の多くはというと、元の素材(自然の素材)をそのまま利用していた。この薬の歴史的背景にも、医療の過去150年間の歴史は大きく関わっていると感じる。また、現在病院などでよく処方される漢方薬(漢方風漢方薬)は、薬草をじっくり煎じて摘出するのではなく、化学薬品を使って効率よく大量生産で作るため、自然の生薬とは言えなくなってきているのだ。今から約5000年以上も昔から薬は、自然のものから配合され、使用され続けてきたというのに、このたった100年〜150年の間で薬は化学薬品(石油)に変わってしまったというのだ。医療が進み、薬も進歩しているならば、何故病気が減っていかないのだろう。若い世代での死因1位が自殺とはどういうことだろうか。 日本人の薬の使用量は、世界全体の40%を日本人が服用しているという。人口は世界の2%しかいないというのに。

第7章 自律訓練法との出会い

城山整体専門学院に初めてお世話になったのは、整体基礎コースを学びに来た昨年の8月のことであった。しかし、その頃は変わらず、じんましん、喘息、便秘、逆流食道炎、不眠の薬を常用し、3日程止めてみたりもしたが、症状が良くなる事は無く、我慢しきれず結果服用し続けていた。今年に入り、急激に体調が悪化したのを機に、ストレス緩和療法の自律訓練法を身につけようと再度6月にお世話になったのが、私の転機となったのである。ストレス緩和療法を学び始めた頃喘息が酷く、特に呼吸法に気をつけて日々を過ごすようにし、薬もできるだけ止め、寝る前に自律訓練法を行った結果、全ての症状が出なくなり改善し、薬が全て不要になったのである。特に驚いたのは、小学生の頃から悩まされていた頑固な便秘改善であった。自慢にならないが、小学生の頃は検便となれば、必ず遅刻か欠席、中学生からコーラックなど下剤に手を出し、高校生の頃にはコーラック10錠飲んでも全く効き目が無い頑固者であったにも関わらず、今では毎日、長くても3日以内にスルリとお通じがあるのだ。これには本当に驚いた。うつ病以前に体質だと思い込んでいたが、そうでは無いのである。同時に、幼少期から実に、自分で自分の身体を拘束していたことかと反省をした。 自律訓練法とは、誰にでも自分で行えて、とても簡単でシンプルである。私達の身体は誰がコントロールする訳でもなく、自分自身でコントロールしていくだけのことである。
そして身体は本当に正直、素直であるということ。悩み事を抱いたある日、じんましんが出たのだ。それは身体が教えてくれているサインだと解釈し、自律訓練法を行った結果、薬を服用しなくても自然と治まったのである。私は、どちらかと言えば自分に甘い方であり、証拠にタバコは止められないでいる。13年間、薬に頼り、薬の依存も強い方だ。特に、眠れないのは苦痛である分、薬で眠れる快感?安心感もある為か睡眠薬の依存は特に強い方であったはずだ。それがピタリと止められたのは、ただ単に、寝る前に薬を飲む行為と同じ様に、寝る前に、自律訓練法を行うと自然と眠りに落ちてしまう。薬で眠ると3時間後に決まって目が覚めていたが、眠りの質が良くなる分深く眠れる様になったのだ。私が寝る前に行う自律訓練法は次の通りである。
電気を消し布団を被り、仰向けの小さめの大の字になり寝る体制に入る、ストレスや疲れ等雑念が多いと感じる日はリラックスできる音楽をタイマーでかける、目を瞑り雑念を消し、自分の言葉にだけ意識を向ける、腹式呼吸(5〜7秒数えてお腹いっぱいなるまで吸って、5〜7秒苦しくなるまで止めて、8〜13秒数えてゆっくり吐ききる)を5回行う〔結構疲れる〕、同時に吐く時に身体の悪いものや無駄な身体に入っている力を全て吐き出して抜く、気分の良い草原をイメージする(匂いまで感じる)、頭から順番に力を抜いていく、頭、眉間(無意識に力が入っている事が多い。目も同様に)、目、鼻、口(同じく無意識に奥歯をかみ締めている事が多い)、耳、首、肩、腕、手先、腰、〜足先まで。次第に頭がボーとしてフワフワくるのを感じる。声に出さないが、心の中で「目の力を抜いて〜、もっともっと抜いて〜」「身体が重くなってきた」「頭がぼーとしてとっても気持ちがいいなぁ。」「細胞、血液がとっても綺麗になった」等話しかける、それでも変に雑念や、力が入る日は腹式呼吸からやり直す。最近では、呼吸を整えたら気づけば朝になっている。また、ストレスや疲れを感じる時に腹式呼吸だけ行っても、リラックス出来る様になった。その際は吐き出す時に、ストレスや疲れを体外へ吐き出すと思い込むのだ。どれだけ自分が無意識に身体を緊張させ、力を入れていたかが良く分かるようになると同時に、力の抜き方が上手になった。自分の身体と向き合えるいい時間にもなるのである。

第8章 調和とバランス

私が数々の病気から脱却できたのは、この城山先生からのお言葉である”調和とバランス”という言葉が一番身にしみたからであると感じている。ひたすらに自律訓練法を行っていたとしても、症状は改善しなかったのでは無いだろうかと私は感じている。なぜならば、自律訓練法が潜在意識に働いたり、ホルモンバランスや自律神経に作用したりと、とても身体に良いことは理解出来たが、私の中で最大のテーマであった”生きる意味”を納得しないままでは素直な身体には、どれだけ良い療法も効力が薄くなってしまうと感じたからだ。 調和とバランスこそが、人間がこの世に存在し、生きていられるしくみにさえ感じた。私たちが今生きているこの地球という惑星は宇宙の中にあり、宇宙は神秘で不明なことが多い。そして、その中に地球が誕生し、私達人間が生まれ、さまざまな調和とバランスの中で生きている。人間もまた、神秘で不明なことが多い。この世はマクロとミクロが存在し、マクロが宇宙で、その中に属している私たちはミクロになる。5000年以上受け継がれている伝統医学のアーユルヴェーダでは、ミクロである私たちが、マクロである自然に近づき共生することは、よりよい幸せをもたらすと考えているのだ。私たちが今生きていられるのは、自然の一部としてこの世界に存在し、調和とバランスによって保たれている環境や、人間以外の多くの命によって保たれている自然の中で支えられ、目先だけのことよりも、本当はもっともっと、私たちに自然が与えてくれる恩恵は膨大で深い意味があるということをお教えいただき、納得できたからこそ、私は生きている意味をかみしめられたのである。生きる意味などを問いた自分に恥じらいすら感じた。この、平和ボケしてしまっている世の中で、感謝を忘れ、求めることばかりに走り、求めるものが満たされないことにストレスを抱き、自身の心の調和を乱せば、全体のバランスも崩れ、症状となって身体に表れることは、自然の一理から考えると当然のことに感じる。その結果、様々な病気にまで苦しむのではないかと感じたのである。第4章でうつ病の根本とはいかにシンプルなのかと触れたが、私なりの解釈では、食であったり、気分の浮き沈み、感情、生活習慣であったり、悩み事も何事も、全て偏り過ぎず、何事も調和とバランスを大切に考えるということ、そしてバランスが崩れた時、身体に異変が起き、何かしらの症状となる。”生生流転”全てのものは絶えず生まれては変化し、移り変わっていくこと(万物が限りなく生まれ変わり死に変わっていつまでも変化し続けること)とあるように、全てのものは絶えず止まること無く動き、変化に応じて調和し、バランスを保ち続けているからこそ、私たちもその中で、よりナチュラルに絶えず調和を図り、バランスを保ちながら生きてゆくことこそが、うつ病のみならず、人間のあり方の根本になるのではないのかと感じた。自然の風や雨のように、お天気も偏ることなくバランスを保っているから私たちは地球で生きていられるのと同様に、時には自然災害が起きるように泣き叫ぶ日もある。それでも泣き叫んだ後は、バランスを整えるために、心を落ち着かせ調和を行えば、バランスが整い精神的ダメージ(ストレス)は、極力少なく済むのではないのだろうか。現在、うつ病に用いられている抗うつ薬とは、神経伝達物質をコントロールする薬が一般的に処方されている。これもまた、根本は人間の身体の中で何かしらバランスを崩しているだけのように感じる。私たち人間は、本来あるべき自然の姿で、願う幸せへと繋がる糸口があるにも関わらず、目先に惑わされ根本を見失い、時に幸せとは正反対に、酷く苦しむことにもなりかねないのである。そして何かが自身の中で、天秤の様に偏りを感じたならば、リセット(調和)してバランスを整えるために、自律訓練法を行うことと私はしている。同様に、自律訓練法を行うことで、自分の心のバランス状態に気づくことができ、いち早く自分で対処でき、予防にも繋がるのである。

第9章 生きていく

生きることは、私にとっては本当に試練であると感じる。城山先生からこんなお話をいただいたことがある。それは、”気”についてお話をいただいた時、草の命について、草もちぎられたりすると、離れている仲間がその気を察知するという。人間の目では見えないが光を発していると言われているというのだ。私たちが本当に当り前に生活している環境の中で、人間は一体どれだけの、ありとあらゆる命をいただき、時に粗末にして無駄多く生きているのかと思うと胸が苦しくなる。現在日本での自殺統計は2013年で2万7300人に達する。20分に一人、1日に75人の老若男女が何らかの理由で、自らの命を絶っているのだ。もしかしたら、私もその中の一人に入っていたかもしれない、だが、今では簡単にそんなことも考えなくなった。なぜならば、自殺も選択出来ない命を持つものたちは、もっと残酷な過酷な状況下で生きているのだから。自然の世界で生きる命たちは皆、過酷な状況下であるにも関わらず、自ら調和を図り、バランスを保って生きているのであるから本当に頭が上がらない。食用の動物たちは殺される為に産まれ、人間によって殺され自殺さえも選べないのである。植物や、この空気さえも大宇宙からいただくエネルギーの生命なのだ。人間ほど贅沢な命ある生き物はこの世に存在するのだろうか。だからこそ、人間は向上して生きていかねばならないのだ。そして、自然の命を、人間が生きてゆける分だけ最小限に頂戴し、より自然と一体になり生きていくことが大切なのだと先生に教わった。今、生きていられることに感謝をし、寿命ある限り自然となるべく共生し、人間として向上し続け生きてゆく。これが私の人生の生きる目的となったのである。

第10章 おわりに

城山先生、岡部先生からお教え頂いた、数々のお言葉のひとつに「咲いた花見て喜ぶ前に、咲かせた根っこの恩を知れ」とある。私たちは目先で起こった出来事に感動したり、喜んだり、怒ったり悩んだりするが、当り前のことだがその前に、感動でき、悩めるのは全ての生命に支えられ、生きていられることが根本にあるということを忘れがちである。今一度、悩み苦しむ前に、自分を支えてくれている全てのものたちに目を向けてみてはどうだろうか。そんな習慣をつけるだけでも、うつ病患者と呼ばれる人達は少なくなるのではないだろうかと感じた。 そして、私が健康と元気を取り戻せたのは、自律訓練法や東洋医学を通じ様々なことをお教えいただいただけではなく、岡部先生が食療法からも親身になって取り組んでくださったお蔭である。今までの私はお菓子を大半主食としていた為、勿論味覚もおかしくなり、体の細胞も機能も血液もおかしくなっていたのは当然のことである。そんな私に、自然のものの美味しさ、有難さ、本当の感謝を教えてくださったことが、今の私の健康と元気を取り戻すには、必要不可欠だったと感じると同時に、心から感謝を申し上げます。 城山整体専門学院で私は、お金にかえられない、人生で本当に価値あるものをお教えいただいたと感じている。そして、いつの日も、小さな頭の私に、理解出来るまで親身になってお教えくださった城山先生、岡部先生には感謝してもしきれない。この場をお借りし、心から感謝を申し上げます。本当にお世話になり、ありがとうございました。恩返しとは厚かましいが、このご恩をお返しするならば城山先生、岡部先生のような施術者となり、私の様な悩み苦む人達に、私の様に元気を取り戻していただくことだと感じています。